「チェシャ猫、見て!」
振り返るように僕を見たアリスが言う。

「不思議の国にもこんなとこがあったんだね!」
アリスは辺り一面に咲いた花に向かって両手を開く。

「あったんだよ」
ずっと、ずっと、昔から。

小さな君はここで遊んでいたのだから。





うずくまって花を摘む背中。
それを後ろから見つめている僕。
「昔と変わらないね、アリス」

ほら、もう僕の言葉が届かない。





「猫、これシロツメクサって言うんだよ」
「そうなのかい?」

白い、小さな花。
君が僕らに配った草の飾りを思い出す。
確かアレは、この花でつくったものだったはずだ。










「猫、はいプレゼント!」
小さな君は僕を屈ませて、アレを頭にのせた。


「これはなんだい?」
「草かんむりって言うんだよ」
「クサカンムリ? ああ」
「そうそう」


君のつくった、小さな草かんむり。
僕の頭には合わなくて、落とさないよう歩くのが大変だった。

「そうだ、みんなにもつくってあげよう!」





まずはじめにアレを受け取ったのは女王だった。


「まぁアリス! わたくしにアリスのを首をくださるって本当?」
「いつアリスがそんなことを言ったんだい?」
「猫、お黙り」

僕らの会話を遮るように、アリスがアレを女王に差し出した。

「はい、プレゼント!」
「まぁうれしい! これはなんですの?」
「草かんむりだよ。猫にもあげたの!」
「まぁ! 猫の癖に図々しい。その首ごと刈り取って差し上げますわ」
「君は女王だし、こういう類はあり余るくらい持ってるんじゃないのかい? 強欲な君のほうが図々しいと思うね」
「なんですって!」


女王が鎌を振り上げた。

「けんかしないで!」
アリスが怒っている。

「猫が悪いのよ!」
「僕が何をしたって言うんだい?」

ふたりともすぐけんかするから嫌になっちゃう、とアリスが呟いたので僕らは黙った。



春の野原に、つめたい風が吹いた。僕はアリスをローブで覆う。女王の金髪がたなびいた。
その髪をアリスの目が追いかける。

「ありがとう、アリス」

アレをかぶった女王を見て、アリスがくすぐったそうに笑った。





次に来たのは、帽子屋だった。


「俺はもうこの帽子があるんだよ!」と言った帽子屋に、特大サイズのアレを渡す。
帽子のつばに引っかかったアレに、ネムリネズミがそっと触れる。

「ネムリンにはこれ!」
小さな小さな輪。それをネズミの腕に取り付ける。
「落とさないように、ね!」
ネズミの口の端が持ち上がる。


「ありがとう、アリ…」
「帽子が重くなっちまったじゃねぇか!」

ネズミの眉が歪んだ。
「ありがとう…は?」
「ありがとうアリス!」


帽子屋は多分、無事、だと思う。





トカゲのビルは、通りかかったところをアリスに捕まった。


「ビル、ちょっとしゃがんで」
アリスは後ろ手にアレを隠して僕のほうを振り返り、くすくす笑う。
「かしこまりました」
ビルは、アリスに傅いた。アリスはそっと、アレをのせる。

「これは何ですか?」
「草かんむりって言うの。大事にしてね!」
「かしこまりました。ありがとうございます」


ビルは足早に立ち去ったけど、しばらくアレをつけっぱなしで過ごしていたと聞いた。





僕の記憶では、最後に、シロウサギが来た。


「どうしたの? 改めて僕なんか呼んじゃって」
アリスは満面の笑顔でかんむりを差し出す。
「プレゼントだよ!」
アリスがそう言うと、シロウサギはアリスを抱き上げてくるくる回る。
「ありがとうアリス、可愛い僕らのアリス!」
アリスとシロウサギはけらけら笑っている。
「でも、まだつけてないよー」
アリスが悲鳴の中で叫んだ。
「そうだった!」

つけてつけて、とシロウサギは頭を差し出す。
両方の耳にアレを通して、「はい、できあがり!」
シロウサギの白い毛並みと、アレの白い花の区別が、一瞬、つかなくなった。

「シロウサギ、かんむりとっても似合うね!」
「そうかな?」
「うん、とっても似合うよ!」
「えへぇ〜」
ウサギは首を傾げて照れる。


「それのつくり方教えてよ。今度、アリスにつくってあげるから。」
「ほんとに?」


シロウサギと野原に座ったアリスは、僕を忘れたみたいにシロウサギと遊び転げる。
僕は、登れる木を探してその場を去った。





一番にアレをもらったのは僕だったのに。
この感情が何なのかも分からない。


でも僕は、確かに一番だった。

僕が、一番だったんだ。










「チェシャ猫!」
走ってきたアリスは少し息を切らしながら笑顔をつくる。
「なんだい?」
「プレゼントだよ!」
そう言ってアリスが差し出しのたは例のアレだった。
つけてあげる、と、僕のローブを引っ張る。

「はい、出来上がり!」
立ち上がった僕を見上げるアリスは、眩しいみたいに目を細める。

「チェシャ猫、草かんむり、意外に似合うね!」
「そう?」
「うん、とっても似合うよ!!!」

でも、前はシロウサギにそう言ってたじゃないか。
そう思っても、喉を鳴らしてしまう。





「また来ようね、チェシャ猫」
「僕らのアリス、君が望むなら」



こうやって二人きりなら大歓迎だよ、アリス。