僕の前を、アリスが歩く。
明るい、陽の照る正午だ。
アリスの髪が、白い光に淡く光って翻る。



太陽に温められた空気に、アリスの香りが醗酵する。
眩暈とアリスだけが、僕の頭を支配する。
僕は何に酔ったんだろうか。
アリスの香りに?
それとも、アリスに?

こんなことを考えるなんて、僕らしくない。





「猫、どうしたの?」
アリスが立ち止まっている僕に気付いたらしい。
「なんでもないよ」
そう答えたのに身体が動かない。










僕は分かってる。
君は知らない。

ばちん

つめたい鎖があの時切れた。


君が切ったんだよ。








君はいつ変わったんだい。
僕はいつ、変わらなければいけないんだい。

今更、君の香りに咽返る。










相変わらず、僕は君の傍にいる。
僕の願いがいくらでも君に届くのが分かる。
とめどなく、甘い香りが辺りを満たしている。

アリス、君は僕の望みを知っているだろう?










「チェシャ猫?」

僕を呼んでるのかい? アリス。

「ねぇ、チェシャ猫ってば」



愚かなアリス。僕は首輪を失くしたんだ。
僕らを繋ぐ唯一の鎖は、もう二度と戻らない。










ずっと、この手で触れたかった。
僕だけのものにしたかった。
君の血はきっと、僕にこびり付いて離れない。
僕と君は、僕の世界で永遠の夢を見る。
僕を飼うための首輪はもう、ない。

ないんだよ、アリス。










どんどん足音が近づいて、甘い香りが強くなる。

アリス、君は僕に何を望むんだい?














アリス。
僕の、アリス。



















「アリス」

僕を怖がらなくていいのかい?

「アリス」

僕に近付いていいのかい?

「アリス」


どうして僕を選んだんだい?

























「チェシャ猫大丈夫?! 具合悪いの? 言ってくれればよかったのに!」
アリスが僕を真っ直ぐに見る。

「チェシャ猫はここに座っててね」

アリスは走って何かを探しに行った。


僕を残して。















アリスの幸せ。
僕の幸せ。
僕は君の幸せだけを考えていればよかった。
自分の幸せを考えるのは、すごく面倒なことだね。
だから、もう、終わりにしてしまおう。

「猫、お水持ってきたよ!」



僕のアリスに、最初で最後の願い事。




















「ねぇ、アリス」

僕はまだ笑えてるかい?