「ねぇ、はる」
「ん?」

布団に寝転んで雑誌を読んでいたはるは振り返って、私だけを見る。夜風も吹かないような熱い夜に、 夢うつつなのは私だけ、なんてことにはしないために。


「今日、テスト返されたんだよ」
「おお、どうだった? 見してよ」

こんなに一緒にいるのに、まだ私は口実がないとはるに話しかけられない。 はるに話しかける私の魂胆は、声が聞きたいだけ、その頭の中を私のためだけに使って欲しいだけ、 私の眼を見ていて欲しいだけだから。 自分のためにはるに話しかけているから、無邪気なはるの笑顔を見てどきっとすることがある。 自分が取り返しのつかない罪を犯しているように思う。それなのに、はるは、まるでお父さんみたいに微笑む。 私だけの、お父さん。


「全然駄目だったの。ほら」

私は後ろ手に隠していた答案用紙を差し出す。 はるに用紙を渡して、はるが寝転がる布団に身体を投げ出す。 そうすれば、はるの手の届くところに私の頭がきて、その頭をはるが撫でないはずがないから。 私は、はるが思ってるよりずるい子で、そしてずぶとい子だ。


「おぉ! そんなことねぇじゃん! 俺の4倍だぜ、この点数。前より上がってるんじゃね?」

そう言うとはるはやっぱり、おおきな手で私の頭を撫でる。 嬉しいな。



「賢い賢い。雪は賢い。すんごく賢い。」

首をかしげた笑顔のはるが私を見詰めるから、私は息をするのも儘ならない。 いつもならうるさく響くはずの、町の喧騒が遠い。 何も何も聞こえない。


「雪」

真顔になったはるが私を呼んだら、はるが次にどうしたがっているのかなんてすぐに分かる。 ため息が聞こえる。恍惚としている。私の胸が急にすぼまる。はるが好きで好きでしょうがなくなる。









ねぇ、はる、優しいはる、優しくなくったっていいから、私なんか壊したっていいんだから、 私ってばはるに壊されたいんだから、 もっと強烈に、もっと息が苦しくなるように、私を愛してよ。