朝が来たら、君への第一声を考え始める。それは僕が目を覚ましてから2時間ほど経った後に行われる、とても大切な恒例行事。「ハロー!」「おはよう」「目を覚まして」「朝ですよー」「今日はたくさんの話しよう」「さっき、ふくろうが僕に挨拶したんだよ」「甘いものはいかが?」「外は眩しいかい?」「ボンジュール・モナムール」「また今日が来ちゃったよ」「女神、起きて」「突撃!!!」「昨日の夜は冷えたね」
さて、君はどれなら笑ってくれるかな?

僕は今朝つくったスイートポテトを君にあげようと思う。君には日なたが必要だ。僕のつくったスイートポテトは黄色だから丁度いい。これは君が日なたで暮らしていたときの象徴になる。君はこれを、もしからしたら崇拝する。そしたら君はスイートポテト信仰者だ! なんて可愛らしい。黄色い支配者を仰ぐ真っ白な君。教祖はスイートポテト、設立者は僕で、信仰者第一号は君。これ以上増えることは無い。増やす意欲も無い。この考えを君に話そう。そしたら君は、もしかしたらスイートポテトを教祖として認めてくれるかもしれない。
君は笑うだろうか。笑ってくれるといい。今日一日の目標は、「君を笑わせること」。



君の部屋の前にいると、しずくがたれるほど手に汗をかく。君の吐息がもれているからなのだろう。空気のふりをした甘い蜜は、甘く醗酵して僕の喉を詰まらせていく。いつもより速くなった心音が、君の部屋のドアを開けることをためらわせる。きっと君は、華奢な身体をシーツに埋めてベッドの上にうずくまっているのだろう。ちょっとのことで折れてしまいそうなほど細い腕は、僕を見るなりその顔を覆って、震えだすのだろう。
愛しい、ね。

「真希、入るよ」
こうして朝の恒例行事は毎回無駄になる。どうしてだろう。どうして君の前だとうまくしゃべれないんだろうね。楽しいおしゃべりができれば、君を楽しませられるのに。君の笑顔が見られるのに。君は窓から差し込んだ光の中で、明るくなった外を見つめている。
「スイートポテトつくったよ」
すこし呼吸を整えてから、君は今日からこのスイートポテトを信仰するべきだ、と言おうとしたところで、君の目が光を浴びて、真っ黒に光るのを見た。

君はスイートポテトなんかじゃなくて、僕を崇拝するべきなんだよ。まだ分からないのかい?
君には僕が必要だ。

「水、要るかい?」
「要らない」
「どうして?」
「喉なんて渇いてない」

喉に詰まっていく空気の所為でため息をつきながら、真希の手首を掴む。
嘘。嘘。嘘ばっかり。僕を拒絶してるだけ。嘘つきだ。

水を失くしてざらついた舌を潤すために、僕の唾液を流し込む。嘘をついた報いなんだ。君はこんなに渇いている。 身体を押し付けて、君の温度を出来るだけ奪う。本当は僕、冷血動物なんだ。空気がつめたいと動けない。そして、僕の太陽はここにある。君は怯えているのか惚けているのか分からない表情のまま、天井を見ている。



「水は要るかい?」
「要る」
「そう」
水、要るって。珍しいね。君はここにいればいいよ。そう心で囁いて、同じことを繰り返す。こうやって、世界も終わりまでふたりきりでいられたらいい。その為に、君をここに閉じ込めた。
愛しい、ね。

「ねぇ、真希」
正しく答られるのは君だけ。僕を呼ぶ、君の声。この声を繰り返し聞いていたのはいつまでだろう。この声を胸の中で何度繰り返したのだろう。僕の名前、呼んでよ。君がつけた名前、呼んでよ。忘れちゃう、よ。



「ねぇ、真希?」
焦点の合わない目で、僕と視線を結ぼうとしているのが分かった。手探りで進むみたいに、僕の顔をぺたぺたと触る。僕と目が合った途端、君が、笑った。君の手が僕の頭を撫でてくれる。君のくちびるがゆっくりと動く。「あいしてるよ。」
君が僕に、あいしてるという。あいしてるという。あいしてる。あいしてるよ。ほんとうよ。何度も何度も、僕の名前を呼んでくれる。



「だから、もう赦して?」



心臓が、一気につめたくなっていく。君の目に灯った光と。あいしてるという言葉と。赦してという言葉と。涙と。笑顔と。違う。違う。違うよ僕は君を愛してるんだそうじゃないんだ違うんだ。ちがう。違うんだってば。違うよちがうそんなんじゃない。そんなふうに、いってほしいんじゃない。ぼくはただ、ぼくは、ただ、きみに、ちがうそんなんじゃないんだちがうどうして? どうしてどうしてどうして?


君の首に手を伸ばした。力を込めた手が白い。強く強くのしかかる。何度も何度もくり返す。声をだそうとする君の喉がはねて、腕や足をのばして背中をそらして、すこしばたつく。しばらくして君は、しずかに、ねむるように、おだやかに目をとじた。いつもと変わらない静寂がもどってくる。手をはなすと首に僕の手の痕がむらさきいろにのこった。みだれているこきゅうを整える。見まわせば、ベッドのひなたにねころぶ君がいる。テーブルにスイートポテトがおいてある。ぼくのてづくり。きみののどをうめる、毒。ひとかけらだけたべてみる。あ、おいしい。あ、くる。くる。まっくろくてねばねばしていて、どこからかあふれだしてぼくをからめとってしまうあれ。きいろくてあまい。きみのくちにおしこむ。みず、もしかしたらたりないかな? あ、くる。くるくる。くる。きませんように。きませんように。きみのくちにからスイートポテトがこぼれる。きみがめをさまさない。ああ、きた。





きみはきづいてないだろうけどぼくはあいしてほしいだけなんだ。きみはぼくにあやまったけど、きっと、ゆるしてもらわなきゃいけないのはぼくなんだ。ごめんね。ごめんね。でも、なんでとどかないの? なんでとどかないの? なんでないたの? やっぱりかなしかった? いやだった? ぼくはきみにあいしてほしいだけなんだ。ぼくはきみにあいしてほしいだけなんだ。ぼくはきみにあいしてほしいだけなんだ。ぼくはきみがすきなんだ。きみのえがおもかなしいかおもぼくだけのものになればいいとおもったんだ。