ネルはベンチに座って缶コーヒーを飲んでいた。真っ白のマフラーに真っ白なコート。胸元には落ち着いた赤が見える。 降った雪はとけて汚れて、黒ずんでしまった。そして町も、真っ白から灰色。 その中でうごめく僕たち。吐いた温かい息が白く染まる。僕らは生きている。

「ごめん、待った?」
「コーヒーひと口分だけ。」

はい、貴方の分、と、ココアを差し出すネル。君は僕がコーヒーを飲めないのを知っている。 君の前でくらい見栄を張らせてくれよ、と思ったけれど、 ネルの気遣いのほうが僕の思いよりも尊い気がしたので素直に受け取った。 手のひらのココアを愛しく思った。

「雪でバスが遅れてるみたいだね」
「そうだね」
「歩いて大学までいかなきゃ」
「そしたら、あったかいものが必要だね」

僕は空いていたネルの右手をぎゅっと握って、「ね、」
ネルは僕の心が締め付けられるほどまぶしい笑顔で笑った。

「もう行こうよ、遅れちゃうから」と、ネルが言う。もう少しこうしていたかった僕は、しぶしぶベンチから立ち上がる。 僕は何だか悔しくなって、繋いだままの手を無理やり引き寄せて、キスをした。

「あ、苦い...」

ネルとのキスは、僕の嫌いなコーヒーの味。それでも僕はネルやキスを嫌いだと思ったりなんか、絶対しない。 それって、なんて、なんて、甘やかなことなんだろう。

「じゃあ、私コーヒーやめるわ」

苦い味が口の中に広がっていく。ネルの笑顔は僕の胸を締め付けている。 君の前でくらい見栄を張らせてくれよ、と思ったけれど、 ネルの気遣いのほうが僕の思いよりも尊い気がした。

「でも今、コーヒーが好きになったよ」
「もうっ」

顔を真っ赤にしたネルは、僕の手をぎゅっと握ってうつむいた。そんな顔見たら、キスしたくなっちゃうな、と思ったけどキスするのはよしておいた。だって、胸が痛すぎた。ネルを好きすぎた。