この手の真下だけが、熱を持っているんだ。撫でれば撫でるほど、君の身体はしなやかにくねって、軋んで、跳ね上がる。 この部屋が、君の吐息が熱くて熱くて、右も左も、上も下も、僕も君も、無い。 この鼓動がどこかに飛び出してしまう前に、君のつめたい手を、僕の胸にください。 そうすれば出口を塞げる。お願いだ。お願いだ。 だって、君の長い黒髪が僕を包んでいる。これから僕は、喰われるんだろ?










朝は何も隠してくれない。だから夜は、僕らの内緒を隠してくれる。 その為の時間だ。神様に背くための闇だ。今晩も、僕と君は、呼吸の仕方を忘れていく。 拙くて幼い自殺行為。もしかしたら、原罪としての殺人行為。どちらにしろ、僕らに罪悪感は無い。 そうしている間、僕らに温められた空気は上へ上へと上がってしまって、もう二度と帰ってこない。 僕は溺れている。君も溺れるべきだ。僕は君の、首の動脈を親指で押さえる。 耳を澄まさなくても、僕らの吐息たちに負けることなく、血の廻る音がはっきりと、聞こえる。 でも、君は僕の吐息を吸って生き長らえているんだっけ。 君の髪が広がって、僕の肌に張り付いている。 そうだ、ここは君の巣だった。僕はこれから喰われるんだった。





真っ黒な眼が蝋燭に照らされて、何度も光を反射させる。君は幾つの眼を持って、僕を眺めているのだろう。 そして、本当に君が僕を見たのは、そのうちの一回くらいだろう。嘘つきめ。 君は嘘をついている。君の鼓動を感じる。僕の鼓動を、感じる? ほら、嘘つきめ。





僕の鼓動を感じればいい。波を打つのはこの心臓だけじゃない。
押し込めば君の深くに触れられる。でも、君の鼓動は、そこには無い。 届くと思っていた。愛しているんだと思っていた。でも君は、ただの蜘蛛だった。





その囁きは、祈りなの? ここに神様はいないのに。 それでも君の眼はきらきら光る。懲りてないんだ。 温かく糸を引いた君の唾が玉になって、僕の唇を濡らす。 それでも黒い糸は僕に絡み付いて離れない。





囚われた蟲は、恐怖に怯えもがき、その身を檻の深くに沈める。 でも、ずっと昔から、僕の眼には君しか映って無かったよ。
君が世界の中心だったよ。





黒い糸の中に、綺麗な銀が光っている。

断末魔には、何が相応しい?




















「愛してね」