世界でいちばん愛されたお姫さまは、世界でいちばん愛された王子さまの求婚をきっぱりと断った。
「貴方と結婚できないわ。だって私、愛されているんだもの。貴方だけのものにはきっとなれないわ。」
お姫さまは涙をたくさんこぼしながら言った。 もちろん、ずっとずっと、数年前から、もしかしたら前世から、お姫さまは王子さまが大好きだったし、王子さまも同じだった。

王子さまは求婚を断られてもなお、幸せの絶頂にいた。彼女の涙が、お姫さまは王子さまを愛しているの、と叫んでいたから。 王子さまはお姫さまの頬の涙を一粒すくってから、彼女を抱き寄せた。そして、額と額をあわせて目を閉じた。
「知ってたかい? 僕も愛されてるんだよ。愛されているからこそ、僕らは幸せになるべきなんだよ。」

そう言ってからお姫さまをきつくきつく抱きしめて、期待を込めて目を開けた。 案の定、お姫さまは王子さまに好かれるための笑顔で笑っていた。
「本当にそう思う?」
「思うよ」

ふたりはくすくす笑った。

「私、幸せ」
「僕も、幸せ」
「私は愛されていたけれど、こんなに幸せだったことは一度もないわ。」
「僕も愛されていたけれど、こんなに幸せだったことは一度もないな。」

世界でいちばん愛された王子さまとお姫さまは、手と手を繋いで光の中を歩いた。

「さっき、なんで僕のプロポーズを断ったんだい? ちょっとだけ悲しかったよ」
「うーん、ただのウエディングブルーです。悲しませてごめんなさい。」
「もう治った?」
「ええ、治ったわ」





でも、二人はまだ気付かない。
ふたりともまだ、ただのウエディングブルーだってことに。



世界でいちばん愛された王子さまとお姫さまが抱き合ったあと、王宮に銃声が響いた。




















世界でいちばん愛された王子さまとお姫さまは、時の流れの中で水に岩が砕かれるように忘れ去られていった。
彼らは今も、幸せの中にいる。

そのお姫さまの名前は、テリーザという。